TOHOKU IGNITION DAY3 学生特派員レポート2

TOHOKU IGNITION 2017では、仙台・東北在住の学生に往復の交通費をお支払いして、本イベントに「学生特派員」として参加していただきます。

普段、身近で聞いている東北の起業家の話や、当たり前に過ごしている東北の生活について改めて東京で聞くことで、新しい気づきがうまれることを期待しています。

東北の起業家の話を東京で聞き、学生特派員は「何を感じ」・「何を考えたのか」こちらでレポートを掲載いたします。

 

【11/16 TOHOKU IGNITION DAY3 レポート】

 

こんにちは!

東北大学3年の山田剛です。

 

先日「TOHOKU IGNITION2017」DAY3に参加してきました!

そこで思った事・感じた事を学生特派員としてレポートします。

 

はじめに

みなさん東北のどこが好きですか?

そんなの挙げればキリがない!と思われるでしょうか。

 

人がいい。自然が豊か。食べ物が美味しい。

 

多くの人はこのどれかに当てはまると思います。そして実際この3点は東北のいいところだと思います。

 

ですがこれらって東北だけに当てはまることではないですよね。

優しい人、大自然、食材。これらを強みとする地方はいくらでもあります。

 

僕の東北への好感度は「普通」です。決して嫌いではないですが、一生いる場所ではないなとも感じています。正確に言うと、住んでもいいし住まなくてもいい。

そのような一種の当たり障りのなさみたいなものが東北には蔓延しているように感じられるのです。

 

そしてこれが、他地方の方々が外から東北を見たときの感想にも概ね合致するように思います。

 

 

今回のDAY3で起業家の方が、東北地方以外に住んでいる人に向けてこんな質問をしました。

 

「東北のイメージはどんな感じですか?」

 

どんな回答が返ってきたか想像できますか?

(質問をした株式会社ヤマウチ専務取締役の山内恭輔さん)

 

正解は無回答です。誰も手を挙げて答えませんでした。

 

その場にいた東北出身者としてはなかなかショックを受けました。たまたまシャイな人が集まっただけかもしれませんが、それだけが原因ではないでしょう。

 

きっと東北には明確なイメージを抱かせるほどの“何か”が欠けているのだと思います。

東北のためのイベントに集まった人たちでさえこんな様子なのですから。

 

そしてこれは思っているよりも根が深い問題なのではないかと感じたので、少し考えてみたいと思います。

 

 

欠けているもの

欠けている“何か”とはなんなのか。

 

誰しもが真っ先に思い浮かべるものはコンテンツです。人々の印象に残る強烈なコンテンツ。

これがあれば少なくとも何らかのイメージはつくはずです。

 

DAY3でも起業家の皆さんへの質問として「東北に強烈なコンテンツを生み出すアイディアは?」というものがありました。御三方の意見をまとめると「すでにコンテンツはあるから、その発信・表現方法を磨くべきだ」とのことです。

(上・株式会社アンデックス代表取締役の三嶋順さん)

(下・株式会社フーディソン代表取締役の山本徹さん)

 

これにはとても頷けます。

昔から言われていることですが、東北人が奥ゆかしく控えめなのは事実です。それが東北ならではの落ち着いた風土をもたらしているとも言えますが、発信能力という文脈では途端に弱点になります。

 

せっかくいいものを持っているので、それを外へと広めていく術は絶対に必要です。

 

 

コンテンツは本当に不要なのか

一方で、「いいものを持っている」ことはある種の驕りともなりえるのではないかと思います。というのも、いいものというだけでは評価されない時代がすでに到来しているからです。

 

特に一次産業では顕著だと思いますが、あくまで作っているものは素材であり、それがそのまま莫大な魅力となるとは言い難いと思います。

流通網が発達しきった現代において、魚や野菜はスーパーに行けば誰でも手に入れることができますよね。そういった場面では東北に感謝こそされるかもしれませんが、「わあ、東北って魅力的だなあ…!」とはなりません。

ましてや安い輸入ものが隣に陳列されていては、そもそも買われもしないかもしれません。

 

きっと必要なのは付加価値をつけてコンテンツに昇華することなのだと思います。

 

震災復興イベントとしてスマホゲーム「ポケモンGO」のイベントが石巻で開催されたのはご存知でしょうか。11日間のイベントで10万人が訪れ、20億円の経済効果があったと報じられました。

極端な例ですが、東北に注目を集める効果的なコンテンツであったと思います。それも「被災地である」ことよりも「復興に向けて歩み続けている」ことを証明するような。

これは今あるものを伝える力ではなく、魅力的なコンテンツを作る力によって成されたことです。

 

人々の心になんらかのイメージを結晶化させなければ、いつまで経ってもただの被災地のまま。現段階でいいものをそのまま外へ送り出しても、大きな見返りは望めません。

「いいものを持っているから」で思考を停止せず、常にコンテンツ化できるように試行錯誤すべきだと思います。

 

 

発信力とは何なのか

話を少し戻して発信力について考えてみます。

 

東北について他地方出身の友達に聞いてみると、「牛タン」「温泉」「果物」などなどの声があがりました。

なんだかんだ言っても東北の「いいもの」は知られているようです。

 

しかしここで問題なのは、これらが断片的であることだと僕は思います。名産品や観光地が個々に語られて、ひとつの大きなイメージとなれていない。

 

他地方に目を向ければ、その場の空気感まで想像できると思いませんか?実際に訪れてみて「本当にその通りだった」「思ったより違った」などの発見があるのも旅行の醍醐味です。

しかし東北は、事前に明確なイメージができないので、訪れてもギャップや新発見の楽しみがないのだと思います。

 

関西生まれ関西育ちの友達が仙台に来た時は、「やっぱ静かやなあ」とだけ口にしました。今思えば、これは完全な肯定意見ではなかったのでしょう。静かだと思っていたら静かだった、なんて面白くないですよね。

しかし静かなイメージと有名な名産品をいくつか知っているくらいというのが、世間の一般的な東北への目線だと思います。

 

どうすればいいのでしょうか。具体的な手段は分かりません。

しかし、もっと東北全体としてものごとを発信していく必要があるのではないでしょうか。

個々のものをどう売るかも大切ですが、ひとつの地方としてイメージを成形し、伝えることが必要だと感じました。美味しい魚も伝統的な名湯も、東北を彩る数々の魅力のうちのひとつですしね。

 

 

おわりに

東北で生まれ育ったからこそ、東北のことを客観視するのはとても難しいことです。ですが魅力的なものがたくさんあるのは、事実だと思います。あとはそれらを ①付加価値をつけてコンテンツにする②東北という規模感で発信する ということが大切なのではないでしょうか。

もっと東北を身近にイメージできるものにしていくことで、冒頭の「当たり障りのなさ」は消え去ると思うのです。

 

これに正しい解はなく、とても難しいことだと思います。

しかし水産×ITの領域で頑張る起業家の方々を見ていると、溢れる野心でなんとかしてくれそうな勢いを感じました。

 

無色だと思われがちな東北が、色づいたイメージとして世界中に広まったら素晴らしいですよね。

そんな未来が訪れることを信じています。

(第二部の懇親会。多くの人が語り合っていました。)